「今、現状に満足している?」
向上心を奮い起たせるときに一般的に使われる言葉。
でも、現状に満足している人なんてほとんどいないだろうし、
それって義務的なものだったりする。
若い女性のキャリアアップは、子供を産む前にどこまで行けるか
産後の人生を左右する大勝負だったりするし、
男性は常に「家庭を支える」という社会的責任が一般的には伴う。
現状に停滞するということは、
社会的にも危険な判断なのだ。
でも、そうじゃない人もいると思う。
別にはみだし者ではないし、
「末っ子で一生独身を覚悟している自由人」って訳でもない。
もちろん結婚したらまた変わるかもしれないけど、
僕はそういう立場にいると思う。
僕自身は家族の中で、
一番お金をかけてもらっている。
大学院も卒業したし、
社会人になっても家庭にお金を入れないで、
自分の活動ばかりにお金を注ぎ、
ついには活動費が足りなくなり、
親にお金を借りに実家へ帰ったときもある。
世間から見たら恥ずべきことだ。
弟は逆に、安定した人生を歩み出している。
地元のスーパーに就職が決まり、
ほぼほぼ結婚相手も決まり、
バイトをしっかりして大学もそこそこに遊び、
「自分の時間を十分謳歌したな。
あとは家庭を持ってがんばって支えていこう」っていう
社会人として生きていく心構えもできている。
僕から見るとハイブリットで家族思いのすばらしい生き方だ。
そうして、僕の分までしかりした足取りを見せてくれている。
僕と弟は、こんな状態なのには訳がある。
父親は野心を持っていた。
世間でビッグになってやろう、世界を変えてやろうという心構えを持って
結婚を機に千葉へ来た。
でも、そこでの現実は、結婚による束縛と、
不自由な選択肢。
その中でも、押田家をきちんとした家にするために
しっかりした足取りをつかもうとがんばってくれた。
それを母親は苦しみながらも
断ち切れないしがらみの中で、
父親を支えてきた。
そんな親にとって、
僕は野心をかなえる息子。
「天真爛漫なまま、行くとこまで行ってくれ。」
という、賭けに近い思いを込めたんだと思う。
その中で自分の幸せをつかんでほしい。健康でいてほしい。
そう願ってくれた。
弟は、僕がだめになっても、
いつも親のそばにいてくれた。
だから、僕は背後を気にせず、
突き進まなくては行けないんだと思った。
そういう意味で、義務的ではないが
なにか停滞気味のときは
「今、現状に満足している?」
と今でも自分を奮い起たせる。
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